ブルーオーシャンでしか泳げない

日本とアジアで展開中のブランド「1carat」のCEOブログ。 時々 Mochie's Dining オーナーシェフ。歌ったり、弾いたり、料理したり。 2018年執筆活動スタート。

ダイヤモンドネイル創世記 -4-

 < ダイヤモンドネイル創世記 - 3 - からの続きです>

ダイヤモンドネイル創世記 -3- - ブルーオーシャンでしか泳げない

  

❏ グローバルな視点で考えたこと

 

私は常々、1caratは「海外」でも展開出来ると考えていた。

もちろんネイルというサービスの市場性や協力企業があってのことだ。

まだ試験段階とは言え、サロンもオープンしたことで方向性は見えていた。

 

コツコツと書き上げていた「技術マニュアル」。

これはダイヤモンドネイルの技術を「国際規格」として、世界中のネイリストに教育していくことを前提として書き綴っていた。

 

技術や規格を統一する努力は、それを初めに開発した会社が行うべきだ。

需要が広がった際、技術がマチマチなことで損害を被るのは「お客様」になる。

ここに倫理を示さず、どこに示すというのだ。

 

これらを推進していくには、模範となるネイリストも各地に必要だったため、すでに業界紙などで「募集」も開始していた。

 

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初期のマニュアルの一部を抜粋 ( 2004年作成 )

 

 

❏ 香港でのプロモーション

 

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撮影 by myself
 

香港のネイルサロン " Nail Nail " は、香港国内で当時20店舗を展開していた大手チェーン。

海外に、今後の模範になるような「国際提携店」を作りたいと、2004年の秋より何度もプロポーズをしていた。

 

Nail Nail からプロモーションの企画書が送られて来たのは、2006年3月。

春の匂いを感じ始めた心地よい夜の事だった。

 

「 大好きな香港で 飲茶が食べられる  1caratをプロモーション出来る !  」

 

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 撮影 by myself

 

香港は1997年に中国へ返還となった。

香港らしさが失われていく事を懸念していたが「特別行政区」となったために、政治体制の変更は50年間しないと約束された。

かつて訪れたことがある「九龍城」は、老朽化が理由で残念ながら取り壊されたが、香港国民の " 誇り " が「秩序」とその「歴史」を守り、昔ながらの香港もまだ残されている。

 

国土面積としては確かに狭い。

しかし、その限られたエリアにアジアの「 粋 ( すい ) 」が凝縮されている、素晴らしく魅力的な都市。

奥がそこはかとなく深いのだ。

 

 

香港行きは個人的にも楽しみだ。

プロモーションすべきことも決まっていたし、今のベストを香港で見せたい。

 

模範ネイリストの応募で「エデュケーター」候補だった天白麻耶さんにデモンストレーターを。

通訳は、中国・成都で同行してくれた陳さんに依頼した。

 

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セミナールームには100名近い香港のネイリストやメディアなど、沢山の人が詰めかけた。「 Nail Nail 」のプロモーション力は相当なものだ。

 

 

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プロモーションの後、Nail Nail のスタッフに個別講習を行った。
2年越しのプロポーズが漸く実を結んだ瞬間だ。 

 

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その時の様子は、後に発刊された「香港の美容雑誌」にも取り上げられた。

 

 

❏ 光があれば陰がある

 

私は悩んでいた。

それは、ダイヤモンドの固定した後の「脆弱性」であった。

 

エナメルだけでコーティングするには限界がある。

「アクリル3D」や「埋め込み」にばかり、頼ってもいられないデザイン性の問題もある。しかし、今のところこれしか方法がなかった。

 

経営者に悩みが無くなることは、経営を辞めるまではない。

しかし悩みがあるということは、前進している証なのだ。

分かっていても悩んでいる間は、苦しい。

苦しいから何とかせねばと藻掻くのだ。

 

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PSグループのCEO Ms. Lizaと担当のMs.Moon。

 

PS Groupはネイルの他にもヘアサロンを20店舗以上経営していた。

1996年からたった10年で香港のNo.1 ビューティー企業に成長させたのだ。

 

「 1caratの " 成功 " は Solving the adhesion problem  にかかっているわね 」

PS GROUP の CEO、Ms. Liza から一言こう言われた。

 

要するに「ダイヤモンドを固定した際の脆弱性を解決しろ」ということだった。

 

実は、Ms. Lizaもサラリーマンからの独立でここまで会社を大きくした。

その悩みは痛いほどわかるとも言ってくれた。

彼女は宝石が好きだったので、" 1carat " に愛情を持って接してくれていたのだ。

 

1caratの周囲からは「香港での活動」が輝いて見えていたはずだ。

しかし、私は浮かれてはいなかった。

半ば落ち込んだ気持ちで香港を後にしたのだ。

 

<ダイヤモンドネイル創世記 -5- へつづく> 

 

それじゃあ、また。

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