ブルーオーシャンでしか泳げない

日本とアジアで展開中のブランド「1carat」のCEOブログ。 アンダーグラウンドデザインカンパニー"Kakinokizaka Design" 主宰。撮る・歌う・弾く・執筆・講演など。Mochie's Dining オーナーシェフ。

ありがとう

私には幼少期から「尊敬」している人物がいる。

 

体よく「両親だ」と言いたいところだが、実はそうではない。

その人は「おじちゃん」。

私の母の弟だ。

 

父方の兄弟や配偶者、親戚などにも「おじちゃん」と呼ばれる人は何人もいるのだが、母の弟は自分にとって「ヒーロー」だった。

 

幼い頃っていうのは、どうしても「同じ年のいとこ」が自分の直近となるので、「◯◯ちゃんのお父さん」という呼び方になる。

 

そう長い間呼んできたのだが、この歳になって「◯◯ちゃんのお父さん」って呼び方もどうかと思うので、最近になってからは、下の名前に「おじちゃん」をつけて呼ぶことにしている。

 

まだ日本に「モラル」とか「マナー」とか、そういう「他人に気を使いましょう」的な風潮がなかった時代。

私がまだ小学校2、3年生の頃の話だ。

 

私達は、座席が程よく埋まっている電車に乗っていた。

どこに移動していたかは忘れてしまったのだが、ひとりの「おばあさん」が車両を移動しながらゆっくりと歩いていた。

別段、変わった光景ではないし、もし今の時代だったとしても誰もそれを気にも留めないような状況だった。

 

おじちゃんは、すくっと席を立った。

次の駅はまだ先のはずだし、電車はまだ普通の速度で走っている。

どこにいくんだろう。と、みんな一瞬思ったはずだ。

 

すると、おじちゃんは「通り過ぎたおばあさん」のところへ行き、呼び止めた。

おばあさんの手を引きながら戻ってくると、「どうぞお座りください」と先程まで自分が座っていた席へ丁寧に導いた。

 

おばあさんは「原ひさ子」さんのような笑顔で「ありがとう」と言うと、ニコニコと座った。

おじちゃんもうれしそうに笑っていた。

 

しかし、私は妙に恥ずかしかった。

こんな優しいおじちゃんは立っているのに、「ガキ」の自分は堂々と座っている。

この状況に違和感を覚えていたのだ。

しかし何も言えず、とにかく時の過ぎるのをじっと耐えた。

 

半世紀以上も生きてきて、未だにこの辛かった事は忘れられない。

 

自分は長い間、「人に親切をしたり」「人に感謝を伝えたり」、自分の内面を素直に表現することが恥ずかしかった。

恥ずかしいから出来ない。

なぜ、何が、恥ずかしいのかもわからない。

 

思い返せば、おじちゃんは、ずっと人に親切をしていた。

そして、そうさせてもらったことに「ありがとう」と言っていた。

先日のじいちゃんの七回忌でも「お墓」にありがとうと言っていた。

集まった親族にもひとりひとり「ありがとう」と言っていた。

 

だからすごく尊敬していたのだ。

 

 

先日、自分が今後「生きていくテーマ」について、話す機会があった。

ワークフローとかそんなことではなく、今後の自分の人生にとって「ひとつ」だけ " キーワード " を出すという機会があったのだ。

 

そこで自分が出した答えは「ありがとう」だった。

 

それは自分が長い間口に出してきた「ありがとう」は、本当の「ありがとう」ではないような気がしていたからだ。

ただの上っ面のありがとうだ。

センキュー、みたいな。

 

今までの自分に、まったく足りていない「何かに、誰かに感謝する気持ち」。

ジジイになってしまった今、とても「おじちゃん」の域には追いつかないかもしれないが、心の底から人や物に「感謝」ができる人間になりたい。

 

おじちゃんは、立正佼成会で教会長を3教会も勤め上げて、それを引退した。

現在は、100名近い「傾聴ボランティア団体」の代表をしている。

 

まだ私のヒーローは近くで生きている。

今、その事に深く感謝したいと思う。

 

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それじゃあ、また。