ブルーオーシャンでしか泳げない

日本とアジアで展開中のブランド「1carat」のCEO。 創業20年のデザイン会社主宰。撮る・歌う・弾く。

ブルーオーシャン

ダイヤモンドネイル創世記 -9-

ダイヤモンドネイル創世記 -8- からの続きです。 「ネイルを辞めます」 灼熱のマレーシアからの帰国から数ヶ月経った。 そのメールには衝撃的な内容が書かれていたのだ。 まさに晴天の霹靂。 あんなに一生懸命だったMs.Kim。上海でもマレーシアでも夢を語り…

ダイヤモンドネイル創世記 -8-

ダイヤモンドネイル創世記 -7- からの続きです。 悩みに悩んだ四谷三丁目のアンテナサロンのオープンから3年半経った、2008年8月。 予てから「ポプラ」というCVS本部からお声がけいただいていた、 「コラボレーションサロン」 を実現させた。 コンビニエンス…

ダイヤモンドネイル創世記 -7-

ダイヤモンドネイル創世記 -6- からの続きです。 「いま、信濃町の駅にいます」 香港の美容雑誌を見たという " マレーシア " のネイリストから一本の電話があった。 あまりに突然ではあったが、もちろん大歓迎だ。 彼女の名前はMs. Kim。 ダイヤモンドネイル…

ダイヤモンドネイル創世記 -6-

ダイヤモンドネイル創世記 -5- からの続きです。 ダイヤモンドネイルマイスター制度を設立し、 我々は一気に活動の範囲を広げ始めた。 ネイル VENUS 2007/WINTER号で 「ダイヤモンドネイルマイスターライセンス徹底解剖」 という特集を組まれたことで、 受講…

ダイヤモンドネイル創世記 -5-

ダイヤモンドネイル創世記 -4- からの続きです。 香港から帰国すると、特許庁から「ダイヤモンドネイルの特許申請」が認可されていた。 2006年9月 ( 平成18年 )のことだった。 結果的に申し上げると、およそ3年という長い時間と数百万円という膨大な費用がか…

ダイヤモンドネイル創世記 -4-

< ダイヤモンドネイル創世記 - 3 - からの続きです> ダイヤモンドネイル創世記 -3- - ブルーオーシャンでしか泳げない ❏ グローバルな視点で考えたこと 私は常々、1caratは「海外」でも展開出来ると考えていた。 もちろんネイルというサービスの市場性や協力…

ダイヤモンドネイル創世記 -3-

< ダイヤモンドネイル創世記 - 1・2 - からの続きです> ※上記リンクよりそれぞれのページ に飛ぶことができます ❏ 有名になる過程の苦悩とは あんなに望んでいたテレビや雑誌に掲載されること。 なのに、その度に感じる「違和感」。 これに苛まれた。 手放し…

ダイヤモンドネイル創世記 -2-

pants-gaku.hatenablog.com < ダイヤモンドネイル創世記 -1- からの続きです。上記リンクより - 1 - へ > クリーニング用のリムーバーは「揮発しない成分」の溶液が条件となった。 それ相応の時間、浸け置きするには「揮発」しては意味がないからだ。 そして…

ダイヤモンドネイル創世記 -1-

申し遅れたが、私はデザイン会社の他に「ネイルサロン」も経営している。 デザイン会社と並行して2003年に始めた「ダイヤモンドネイル」のためのサロンだ。 " ダイヤモンドネイル " とは、いわゆる「ネイル」に本物のダイヤモンドをアートする画期的な技術と…

あの日、中島美嘉は輝いていた

2018年2月19日の月曜日。 私にとっても記念すべきコンサートの模様が、いよいよテレビで放映される。 ---------------------------------------------------------------- 中島美嘉 MIKA NAKASHIMA FULL COURSE TOUR 2017 ~YOU WON'T LOSE~ --------------…

独占という名のブルーオーシャン

この過去記事からの続きです。 pants-gaku.hatenablog.com そのビッグニュースとは・・・。 ドラマーなら誰でも知っている【 テリー・ボジオ ( Terry Bozzio ) 】。 彼がDWの専属契約アーティスト ( 業界用語ではエンドーサーという ) になったのだ。 その…

80年代に経験したブルーオーシャン

別に人と違ったことを、闇雲にやろうとしていたわけではない。 ただ、人と同じことをすることに抵抗があったのだ。 そもそも「ブルーオーシャン戦略」は、フランスの大学院教授によって2005年に発表されたビジネス戦略だ。自分の起業時には知る術 ( すべ ) …

ブルーオーシャンに飛び込んだ日

2000年にデザインしたパラオ政府観光局のためのパンフレット 1999年、起業に至った「きっかけ」は、"自分のやりたいこと" ができる会社がなかったから。 カッコよく言うと、そんな感じ。 ノストラダムスが1999年7月に「世界は滅亡する」と言ったから焦ってい…