ご存知の方もいらっしゃるだろうが、私の最大の趣味は「料理」である。
趣味が高じて、2014年に「ダイニングレストラン」までオープンした。
今日は、料理に興味を持ち始めた「きっかけ」となった、忘れられない想い出を書こうと思う。
遥か昔、私が高校一年生の時だった。
新宿・歌舞伎町の「星座館」の地下のスパゲッティ屋。
それは雀荘を探していた時に見つけた ひょんな事で見つけた。
いつも腹が減っている高校生には刺激的すぎる「その芳しき香り」は、店に飛び込む充分な理由になった。
その店の名は「がんがん石」。
店内には、この店のオーナーである " 元キックボクシングチャンピオン " の富山勝治の写真が飾ってあった。
それほど広くはない店だったが、無垢の木で出来たカウンターが清潔感を醸し出していた。
当時のスパゲッティといえば「喫茶店」でたべるナポリタンやミートソースくらいしかなかった時代。
そのメニューには「あさり」「たらこ・明太子」「ホワイトソース」や、
おなじみの「ミートソース」。
それに「しめじ・しいたけ」「納豆」「野沢菜」「キムチ」などを
" トッピング " することが出来るという意味の文字が並んでいた。
制服を着たままの友人たちと " 外食する " という行為は、まさに大人の階段を登っている感覚である。
私は「あさり」を選んだ。
初めて食べる「和」のスパゲッティに完全に動揺していた。心が震えるほどに旨い。
「こんな美味いスパゲッティ食ったことねぇな!」
生のあさりからしか出ないという出汁は、超濃厚でコクのあるスープだ。
程よいとろみもあった。
おろしたてのエダムという名の濃厚なチーズが「あさりの出汁」と絡むと、
得も言われぬ旨味に変わっていく。
私たちは完全にハマった。もうほとんど雀荘の帰りに毎日通ったのだ。
がんがん石はカウンターの店なので、コック役とホール役は一人二役である。
「あさり」の汁を多めにかけてくれる " 足立さん " のシフトを何とか聞き出して、
わざわざ足立さんのいる時間に通った。
金が無い学生には「トッピング」をオーダーする " 勇気 " はない。
しかし、この世界に飛び込んだ以上、経験しないわけには行かないのだ。
足立さんのオススメは「納豆」だった。
「えっ? あさりとチーズと納豆?何か気持ちワリィな」
ほとんどの友達はそう言っていたが、私はその「未踏」の組み合わせに期待した。
「うまい・・・うますぎて何も言えねぇ」
もちろん初めての味である。
「今日死ぬって言われたら最後に何食いたい?」と聞かれたら、
迷わず「がんがん石のあさり納豆」と答えるだろう。
そのくらい旨いのだ。
私は久しぶりに家のキッチンに立っていた。
あさりのスパゲッティを作りたかったからだ。
試作しては、家の者に無理やり「味見」させたが、
どうしても「あの味」にはならないし、
家の者の顔も決して明るくはない。
意を決して、足立さんにこっそり相談してしまった。
何が何でもこの味を自分で作りたかったのだ。
「300回・・・通ったらな」
クールな足立さんは、どうせ「300回」は通えないだろうと " 高を括って " 放った言葉だったはずだ。
そりゃそうだよな。秘伝の味を、そのへんの高校生に教えられるわけがない。
私はその後も何度も「あさりのスパゲッティ」を作ったが、結局あの味にはならなかった。
ところで、サイモンとガーファンクル ( Simon & Garfunkel ) の「スカボロー・フェア」という曲をご存知だろうか。
その歌い出しの部分を替え歌にして、みんなで足繁く通った。
「Are you going to がんがん石〜♫ あさーりしめじ野沢菜〜♫」だったっけな。
結果的に私と仲間は、高校卒業までに400回以上は通っただろう。
そしてもうすぐ卒業というある日、足立さんが私を呼んだ。
「望月、ちょっと厨房入ってこいよ」
以前、レシピを聞き出そうとしたことを覚えていてくれたのだ。
「このレシピはさ、お前の人生に必ず役に立つから覚えておけよ。卒業おめでとう!」
足立さんに習った「がんがん石」のあさりスパゲッティ。
いまでも私はリクエストがあると、このメニューを自分の店で出す。
「あさり/しめじ」に、納豆と野沢菜。24ヶ月物のパルメジャーノ・レッジャーノをすりおろし、海苔をかける。ちょっと海苔が・・・フヤケちゃった (笑)
35年作り続けたこの " 伝説の味 " 。
想い出はセピア色に褪せているが、味はあの頃のままだ。
機会があったら、皆さんにも是非食べていただきたい。
【追記】
がんがん石は、渋谷本店と自由が丘にも支店を出していたが、現在は全店ともに閉店している。
高校卒業後、仲間内の熱は大学へ行っても冷めやらず、仲間のうちの何人かはバイトもした (笑)
先日、うちの店のカウンターに座られたお客様が、メニューを見て私に聞いた。
「この伝説のあさりパスタって、あの渋谷のがんがん石の・・・ですか?」
大学の頃、バイトをしていたとのこと。
「もしかして・・・今日、食べられますか?」
その女性のお客様は、懐かったのだろう。
泣きながら食べてくれたので、私も泣けてきた。
足立さん、あなたの言った言葉に嘘はなかったよ。
それじゃあ、また。